神楽の家に来て、少し経った頃、


「高校卒業ぐらいはして来い」


そう言われ雨宮は再び高校に通うことになった。


全て神楽のはからいで残りの、高校生活を過ごした。

 

もともと友達など居なかった雨宮には、しばらく居なかったことすら、クラスの誰一人、気にする者も居ない。

 

空気のようだった。

 

雨宮自信、それは気にしては居なかったが、ただ一人、担任だけは彼女を気にかけた。

      

ただ、自分のクラスの生徒だから気にかけて居るだけだと思って、初めは気にも止めず。


だが、彼女だけは卒業するまで雨宮に親身に向き合い、また雨宮もその支えに感謝した。

 

そして、今日、卒業の日を迎える。

 

 

 

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遥翔さんの家に来てから、何もかもを遥翔さんに頼ってばかりだ…。

 

高校も、こうして卒業できたことも。

 

「遥翔さん」

「お…?おぉ。、卒業式終ったか?」

 

「はい。ありがとうございました、遥翔さんのおかげです!」

 

神楽は、煙草を深く吸い込み、長く息を吐いた。

 

「…。俺は金を出しただけだ。それに、そんな固っ苦しい礼も俺は苦手だ。君の頑張りだろ。気にするな」

 

瞳を細め、ぐしゃぐしゃと、頭を撫でる。

 

少し、煙草の香りがする手は、いつも優しく雨宮を包んだ。

 

「さて…。行くか」


「行くって?」


「陽菜のバイト先。見せたいモノあんだろ?」

 

「……。はい!」

 

 

 

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rosso Vino

 

 

ここに来るのは、何時ぶりだろう。

自分に逃げた日からこの扉を開けることを避けていた。

 

CLOSEの札を前に、雨宮はドアノブに手を掛けぐっと握る。

 

カラカラッと鐘を鳴らし、「おー…。来たか、今、手が離せないからワインなら中に置いといてくれ…」

 

背を向けたまま、グラスを拭く男性に雨宮は口を開く。

 

「結月さん…」

 

 

その声に、ばっと体を向け、「ひな…?陽菜か?!」

 

「ごめんなさい!突然居なくなって…あのっ」

 

「心配しただろ!連絡も繋がらないし、家にも帰ってない…俺がどれだけ…」

 

結月は雨宮の制服姿を見て言葉を止めた。

 

「お前?!制服って…。中に入って、そこに居る彼も。」

 

「はい…。」雨宮は、神楽を店の中に招き、カウンターに座った。

 

「…。ここに来たってことは、俺のことは話したのか…?」

 

「うん…。」

 

「そうか。君も何か飲むか?…えっと?…。」

 

「神楽です。水で…。車で来たので」

 

結月は、氷をピックで砕き、水を2つ用意すると、二人の前に並べた。

 

「で、陽菜は今何処に居るんだ?」

 

「今は、神楽さんの家にいて…」

 

「一緒に住んでるのか?」

 

「俺が、買ったんで…」

 

「買った?陽菜…お前また!?」

 

「違うよ!この人は…」

「住み込みで身の回りのことをやって貰ってるそれの対価…」

 

結月は神楽を見ると軽く息を吐き口を開く。

 

「…まぁ、深く聞かなくても、悪いやつじゃないか。陽菜、荷物、持ってくんだろ?ほら…」

 

結月は雨宮に部屋の鍵を手渡すと、カウンターに入り裏から2階へと上った。

 

「陽菜…見つけてくれたのは君?」

「たまたまですけど…雨の中ずぶ濡れだったんで…。」

 

「あの子から、ここのことは?」

「聞いてます。軽くは」

 

「そっか。あの子を、陽菜をありがとう。俺には、ここで見守るしか出来なかったから」

 

「俺は、何も。それに、あの子は貴方が居なければ死んでいたかもしれないと言っていました。貴方に助けられたのに、自分に怖くなって逃げたとをあの子は、悔やんでた。ここに戻るきっかけを作りたかった、陽菜が1番に安心させたいのは貴方だと思ったので俺こそ、すみません。すぐ連絡をさせるべきだった所を」

 

「いや、気にしないでくれ。そうか…。自分に怖くなった…か。陽菜は、幸せを知らないだからその場から逃げる時がよくあったんだ…。

その度に、探してどうにか引き止めては居たんだけれど…あの日は、何もかも置いたまま出て行ってしまってね…。

でも、君のおかけで陽菜は少しずつ変わってる。ありがとう。」

 

2階から、トントンッと、階段を下りる音がしヒョコっと雨宮は顔を出した。

 

「お待たせして、すみません。」

「いや、荷物それだけか?」

「はい。」

神楽は雨宮が持つ荷物を全て持つと

「先、車に入れてくる。終わったら来い」

 

「あっ…はい。ありがとうございます。」

 

「俺は、先に失礼します。」

「あぁ…。良かったらまたいつでも来てくれ。」

 

神楽は軽く結月に会釈をしてその場を出て行った。

 

「陽菜…。卒業出来て良かったな。お前が元気で安心したよ…。」

「結月さん、今まで連絡しなくてごめんなさい…。私、あの時…また」

 

「いや、気にするな。苦しくなるまで気付いてやれなかった俺にも責任がある。」

「………。」

「なぁ、陽菜。今、楽しいか?」

「…。うん。」

「なら、そのままでいい。また、自分なんてって思うことがあっても、また逃げたくなっても。俺も居る。お前が、楽しいと思えることを素直に進め。それが、小さな幸せになることもある。」

 

「小さな幸せ…?」

「あぁ。それを怖がって自分から手放して来ただろ。だけど、今からは、掴み取っていけ。離さないように。」

 

結月は雨宮の頭をぐしゃぐしゃと撫でる、「たまにはまた顔見せろよ。」

 

「いいの?!」

 

「何だ?ここ辞めたらいきなり疎遠か?彼とでも、一人でもいつでも来い。」

 

「うん。ありがとう、結月さん」

 

「あぁ、またな…、あっ、陽菜」

「ん?」

 

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「もう、良いのか?」

 

店から戻り、雨宮は助手席に座り扉をバタンと閉め、煙草を吸いながら車で待っていた神楽を見る。

 

「何?何か良いことあったか?」

 

「また、いつでも来て良いって言ってもらえました。‥後、…。」

 

「ん…?何だ?」

 

「…。いえ、何もないです。」

 

「?…そうか」

 

────「陽菜、神楽くん良い奴だな。お前を良く見てる。良い人に巡り会えたな。」────

 

「ヘヘっ」

 

「何、笑ってんだ?」

「ちょっと、思い出した事あって」

「…?まぁ、いいや。今日くらい外で飯にするか。」

 

「え?!でも、お仕事今日まだしてないですよね?」

 

「今日やらなかったくらいで、締切落とすような俺じゃない。卒業祝いだ、好きなもん言え」

 

「ほんとに?!わーい!悩みますね。」

「適当に言わねぇと家着くからな?」

「あっ!?ちょ、待ってください」