あの日は月がうすく見える、雨の日だった。


視界がはっきりしない程の強い雨。

たまたま、赤信号で止まった。

いつもなら、止まらない場所。

ふと、反対を見た、こんな日に傘もささず、周りから遠巻きに見られていた。

車に置いていた傘を持ち、車をおりて俺は傘を差し出した。

下を向いていた顔は、ゆっくりと静かに上を向く。

びっくりした顔で、こちらを見つめている。

「こんな日に、傘もささず君は何をしてる?」

ずぶ濡れで、何も持って居ないようだった。

「君、家は?」

「…ない」

「無いってどう言うこと?」

「帰る場所なんて私には無い…」

髪も服も雨に濡れ、微かに震えている、夜の雨で気温は低く冷え込んでいた。

家出か?…警察に連れて行くべきか…

いや…でも、このままほっておくと後味が悪い…。

「行くあてがないなら、俺の家に来い」

「え?…」

「このままじゃ風邪を引く、それとも野垂れ死にたいのか?」


半ば強引だが腕を引いて車の助手席を開け、「乗れ」と言っても

「は?!、いやッ!」と動こうとしない、まぁ、知らない奴にいきなり車に乗れと言われれば当たり前の反応か。

「取って食おうなんてしない、いいから乗れ」

「…私、その濡れてるから…車ッ、!?」

「…気にするな…そのまま乗れ」

着ていた上着を頭から被せ、席に座らせた。

「シートベルトしろよ」

「えっと…」

わたわたとさせて、うまく付けられ無い様子だった、「たく、何してる」
俺は、自分のシートベルトを外し、助手席に身を寄せて、シートベルトを付けてやると、目線がバチッと合い


「なんだ?」

「いや…! ありがとう…ございます」



車内でも家に着いても、一言も発す事なく家に着き、通したリビングに立ったままでいた。

「風呂…沸いてるから入って来い、悪いが下着は女物は無い、男性物だが新しいから使え」

「ありがとうございます」

暫くして、風呂から出た様子だった。

「出たか」

「はい…ありがとうございます」

「君、名前は?いくつなんだ」

「雨宮…陽菜、18…です」

「18?!学生だろ、こんなに遅くまであんな所で何してたんだ」

「………」

迂闊だった、化粧は女を化けさせるとは、この事だろう。

「…、もういい、飯作ったから食ったら寝ろ朝になったら君の好きにしろ、俺は仕事がある、食べたらその部屋を今日は使え」

「はい…」

俺は、必要な事だけ伝え、書斎に籠もった。

そのまま、ソファーで寝ていた俺は朝の光に目が覚める。


リビングにとぼとぼと歩き、キッチンに人影が見え。


「誰だ、お前…何して」

「あっ…おはようございます」

なんだ、この、小娘…、俺は記憶を巡らせた、…。あぁ…そういえば、俺が連れてきたのか…寝て忘れてた。

「悪い、寝ぼけてた、君は何してるそんなとこで」

「あの、お礼にならないかもだけどご飯…作ったんで」

机には、和食が並べられていた。

「君が?」

「美味しいかわからないけど…」

俺は、席に座り彼女を見る。

「君も座ったらどうだ、君のもあるんだろ、持ってきて、一緒に食べたらいい」

彼女は、自分の分もよそい机に並べる。


「いただきます」

俺がそう言うと、彼女も小さく「いただきます」と呟いた。

俺は静かに、食事をはじめた。

「…料理できるんだな、上手い」

俺よりも、しっかりと旨く出来ている。
仕事柄、弁当やデリバリー、外食で済ますし、自分でも作るが簡単な物ばかりだ
しっかりとした、飯を食べたのは久々だった。


「あ?………何で泣いてる」

「誰かと一緒に食べるなんて久しぶりで…」

「そんな事ぐらいで泣かれても俺が困る」

「そう…ですよね…」

「いいから君も食べろ」



食事を済ませ、俺は彼女に質問をした。

「君の親は?連絡先、と言うかスマホ持ってないのか?」

「持って無いです、母はいましたが今はどこにいるか知りません」

「は?出て行ったのか?君を置いて」

俺の言葉に彼女は静かに頷いた。

それから、少しずつ彼女から今までの事を話してくれた。

両親は幼少期に離婚をしていた事。
母親が男に依存し、育児放棄していた事、
幸い学校には行かせてもらっていたが、高校3年に母親が家を出てから、
学校に行かず、歳をごまかし身体を売っていた。



「…君は今からどこでどうするつもりだ?又、自分を売るのか?」

「…私にはそのくらいしか無いです…」

「…なら、俺が君を買ってやる」

「え?…」

「聞こえなかったか?俺が君を買うと言ったんだ」

「今日から君はここに住め、俺の代わりに飯と掃除をやってくれたら良い」

「でも…」

「なんだ?行くあてがあるなら好きにしろ、だが無いならこんなにいい話は無いだろ、それに俺も仕事に集中できるお互いWin-Winだ」


「…それに、君の飯は旨いしな」

瞳を丸くさせたと思えば、ふわりと笑顔になった。

「やっと笑ったな陽菜」

「…私の名前…」

「そんなに驚く事でもないだろ、それに不便だしな」


「俺は、神楽 遥翔」

「神楽…さん」

「遥翔でいい、家でまで上の名で呼ばれたら仕事の連中が居るようで嫌だからな。今日から、ここが君の家だ」



土砂降りの雨の中

俺は、一人の少女を拾った。

愛される事を知らない

愛する事をやめた

二人の小さな物語